マイセンの白肌
その日僕はショッピングモールにいた。 9月の晴れた日曜日は、日向の暑さは夏を感じさせるものの木陰のそよ風は誰もが感じる心地よさだった。 人々は夏の装いのままだったが、8月の暑さも終わり9月に入って秋の気配を感じて安心すると同時に心地よさを感じている、そんな日だった。 僕がなぜそこにいたのか、今となっては思い出せない。 たぶん、新しい服や靴のウィンドウ・ショッピングとか他愛もない理由からだったと思う。 その頃の僕は夏はカットソーのシャツにジーンズで過ごし、秋になったら新しい服を買ってその服で冬まで過ごすといった生活をしていた。 「もっと服を買ったら?」とよく彼女に言われた。 「服には興味は無いんだ。なじんだ服が良いんだよ。」と言うと 「まるでロビンソンクルーソーね。良くそれで生きていけるわよね。」 と言われた。 彼女はというと、いつも品の良い服を着ていた。決して高価ではないがよく彼女に似合っていて、まるで最初から彼女のためにデザインされたのではないかと思うほどだった。しかしそれは彼女がその年齢になるまでに積み上げていた努力のたまものであり、その努力の跡を他人には見せないという彼女のポリシーみたいなものの結晶であったのだと今となっては感じることができる。 その時のショッピングモールは人であふれていた。 マラソン大会のようにゼッケンでもつけないと自分の家族の見分けがつかないほどだった。もちろんそんなことをしなくても人々は自然に自分の家族を見分けそして一緒に過ごしていた。 それは南極のペンギンを僕に思い起こさせた。ペンギンたちが大勢集まりコロニーと呼ばれる群落を作って繁殖しているそれだ。無数のペンギンが一か所に集まり産卵を行い子育てをする。親鳥は交代で海へ行き餌を取ってきてコロニーに戻って雛に与える。彼らは何万羽という中から自分の雛を見つけ出すことができるが、中には親が帰ってこない雛もいて、そういう雛は悲しい運命をたどることになる。 もちろん9月のショッピングモールではそんなドキュメンタリー映画のようなことは起こらない。たまに発生する迷子にはスタッフが対応し、小学校の運動会のようなアナウンスの後、無事親の元に戻っていった。1960年代の映画のラストシーンのような光景だった。 そんな混雑しているが平和なコロニーに迷い込んだロビンソンクル...